2000年から始まったフランス人による日本文化とエンターテインメントの祭典Japan Expoの動員数は年々膨れ上がっている。” Japan Expo 23″は、7/13 〜7/16、パリ郊外のNord Villepinte Exhibition Centerで開催され、来場者は25万人を超えたという。私達の旅行中にも、あちらこちらで日本好きなフランス人に出会った。
日本が大好きなフランス人の友人Mさんとフランス在住のオランダ人のDさん
【2023年4月27日】
Mさんとは、彼女が10年前に旅行で香川を訪れた際に知り合い、それ以来彼女は毎年私を訪ねてくれる。彼女のお姉さんや友人のDさんを連れてきた事もある。
一流企業に勤めていた彼女は退職後、年に何回も外国旅行をしている。悠々自適の彼女の足元にも及ばないが、頑張って(娘の援助もあって)今回、彼女達と三度目のパリでの再会を果たした。
彼女達の案内でコンコルド広場にある Hôtel de la Marine(フランス海軍省が使用していた建物)を見学した後、Printemps (プランタン)デパートのスカイテラス席「La Reine Mer」で、彼女達と私と私の友人Aさんの4人でお茶をしていた。
日本語で喋っている私と友人の会話を、隣の席の紳士が気にしている風だった。
その紳士が立ち去り際に「サヨナラ」と一言声を掛けたので、私達は思わず「Oh!」と、驚きの声を上げた!
日本語をかなり理解しているのでは?と思った。フランス人が日本語を一言喋っただけで、こんなに嬉しく思うなんて!
何だか日本の国を背負ってる気分だった。^_^
パリのDさんのアパルトモン(マンション)を訪ねる
Dさんの広々した素敵なアパルトモンを訪れた。
同じ敷地内に立つ建物は其々が離れているし向きが違うので、人の視線が気にならない。沢山の樹木が植えられていて、小鳥が囀り、まるで公園のようだ!彼女はとても癒されると言っていた。Mさんのアパルトモンも似たようなものだ。
私の住んでいるマンションとは雲泥の差だ!
日本は土地が狭い上に、建物の規制も無く、少しの空き地が有れば小さな味気ないマンションが建つという具合だから、街の調和も何もあったものではない!
パリは、建物の高さや色の制限で街全体の統一がとれていて実に美しい!
パリ15区のGeorges Brassens 公園でフランス人マダムから話しかけられる
【2023年5月1日】
私達はParc Georges Brassens(ジョルジュ・ブラッサンス)公園の藤棚の下で、近くのパン屋で買ったサンドウィッチと缶ジュースでブランチを取っていた。
公園では、人々が散策をしたりジョギングをしたり、体操をしたり、思い思いに時間を過ごしていた。
ピンクのトレーナーに身を包んだ白髪のマダムが近づいてきて、「Vous êtes japonaises ?(日本人ですか?)」と私達に質問した。
それからひとしきり、昔、日本に居た時の話をして. 、満足そうに去っていった。
キャンペールの街中でManga (漫画)の店を見つける!
【2023年5月3日】
キャンペールの街を散策していると、マンガ本を売る店を見つけた。
マンガは今や、「Manga」としてフランス語になっている。
マクロン大統領が若者向けに導入した「カルチャー・パス」もMangaの購入を後押ししていると聞いた。
Mangaやアニメがフランス人の若者を夢中にさせていることは間違いないようだ。
Saint Corentin大聖堂の近くにもMangaの店があった!
「JAPANIM」という店名がオリエンタルな雰囲気を醸し出している。
店内にはマンガ本だけでなくフィギュアも置いてあった。
そういえば、以前、Mさんがフランス語版の漫画をプレゼントしてくれた事がある。
字体が読み難いので、日本語の原板を買ってきて読み解いた。
漫画で日本語を覚えるフランス人が多いと聞くが、逆もアリ!かな?
私の歳では、なかなか身につかないのが悲しい。
キャンペール(Quimper)の公設市場にて:フランス人店員に英語で話しかけたら日本語で返事されて驚く
【2023年5月4日】
広い公設市場の中に、アジア料理のお店があった。
客が並び、次から次へとテイクアウトしていく。そんなに美味しいのか?と、試しに春巻きと豚まんを注文してみた。ちょうどお昼時だったのでお店で食べようと席に座った。
サーブしてくれた若いフランス人男性に娘が英語で「店主ですか?」と訊くと「ここでアルバイトをしている」と日本語で答えが返ってきた。
英語での返答を期待していたところに、流暢な日本語が耳に飛び込みたじろいだ。
彼は日本語を勉強していて、日本に留学した経験もあると言う。
「何れ翻訳家になるのが夢だ」と答えたその日本語は、日本人にも引けを取らないレベルだった。
若い人が本気で向き合えば、語学の習得は容易いものだろう。
因みに、料理の味は残念ながら私たちが期待したものとは違っていた。
キャンペールの街角で地元のフランス人女性から話しかけられる
【2023年5月5日 】
Quimperの旧市街を友人Aさんと二人で喋りながらぶらついていると、「Vous êtes japonaises? 」(日本人ですか?)と、一人の初老のご婦人が声を掛けて来た。
彼女は「日本への旅行から帰って来たばかりだ。日本は素晴らしかった」と熱く語ってくれた。
「貴女はここのご出身ですか?」と訊ねると 、「Oui! 」(ウィ!)「若い時からパリで働いてきたけれど、退職してこちらに戻って来た。やっぱり、ここが一番!」
「ブルターニュ地方は、こんな人が多いんですよ」と彼女は答えた。
「私達はここにまだ暫く滞在します」と言うと、「Amusez vous bien Quimper」(キャンペールを楽しんでね。)
「À bientôt!」(又ね!)と言われたので「Merci . À bientôt!」(ありがとう。又ね)と返して別れた。
昨日出会ったフランス人女性とオデ川沿いでバッタリ再会する
【2023年5月6日 】
私達はフランスの美しい村の一つのLocronanロクロナンへ行こうと、バスセンターへ向かってオデ川沿いの道を急いでいた。
向こうから「コンニチワ」という声がした。何と、昨日出逢ったあのご婦人だ!
この上のアパルトモンに住んでいると言う。
素敵なアパルトモン!
「À bientôt! 」(又ね!) の挨拶が、現実になった!
世間は狭い!!!
ヴァンヌ(Vannes)の港でお洒落な老婦人から声を掛けられる
【2023年5月20日】
Vannesの港は、La semaine du golfe Morbihan 15〜21 mai 2023「モルビアン湾の週間2023 5/15〜5/21」で大いに盛り上がっていた。
モルビアン湾にヨーロッパ中からクラッシクで伝統あるヨットが集結するイベント。
港では多彩な行事が繰り広げられていた。
派手な装いの老婦人から「貴女は日本人でしょう?」と声をかけられた。
かなり昔、日本に行った事があるというのが彼女の自慢のようだった。でも今の境遇はあまり良くないと愚痴って去って行った。こんな時、気の利いた返しが出来ないのがもどかしい。
彼女の身の上話を裏付けるように、身に着けていたのはくたびれた洋服ではあったが、これ見よがしにアクセサリーで飾り立てていた。
それにしても、こちらのお年寄りは派手な色や明るい色が似合う。Magnifique (素晴らしい) ! 私も、少しは見習わないと!
この後、フランス人と結婚してここに住んでいる日本女性のアーティストAさんと出会う。素敵な方!
Vannes ヴァンヌに安い語学学校がありますよと紹介してくれたが、せめて10年、いや、15年若ければ、話に乗ったかも…???
フランスの最も美しい村のひとつ ロシュフォール-アン-テール(Rochefort en terre) のクレープ屋さんで「ゴチソウサマ!」と声を掛けられる
【2023年5月23日】
ロシュフォール-アン-テール(Rochefort en terre)は ヴァンヌ(Vannes)からバスで1時間あまり。着いたところは、周りに何も目ぼしいものがないところだった。
女性の運転手さんの言う通り、少し先まで歩くとお城の入り口が見えてきた。
メインの通りの両側のお店を覗きながら進むと、広場に出た。
幾つかレストランがあり、その中の一軒Café Bretonというクレブリー(クレープ屋)に入った。
重厚な雰囲気のお店で、私達はクレープとシードルを注文した。
一人の紳士が私達に「ゴチソウサマ !」と声を掛けて店を出ていった。
一瞬キョトンとしたが、これはどうも食事をしている人に向かって言う言葉「(Bon appétit」「お召し上がりください」と言うべきところを間違えたのだろう。
可笑しい!
でも、彼も日本語を理解しているようだ。
Paris 19区の小さな食料品店の店員さんから日本語で話しかけらる
【2023年5月25日】
私たちはヴァンヌ駅から列車に乗り、レンヌで列車を乗り継ぎ約3時間でモンパルナス駅に着いた。そこからタクシー利用で30分、ビュットショーモン公園に近いアパルトモンに落ち着いた。
▲Parc Bute Chaumont ビュットショーモン公園
▲私達が泊まったアパルトモンが入った建物
Adagio Paris Buttes Chaumont
近くの小さな食料品店で翌朝のための買い物をしていると、従業員の男性から声をかけられた。彼は、日本人女性と結婚して子供もいると言う。日本へは5回行ったという。
極め付けだ!と思ったが、日本語はたどたどしい。やはり日本人女性が好きということと日本語が好きということは、イコールではないようだ。^_^
Umai は、もしかして”旨い”?
【2023年5月27日】
同じVillette通りにEpicerie Umai というお店を見つけた。お酒、お茶、お米、味噌、醤油、海苔など日本の食材を販売しているお店だった。割と高級な感じ。
店主は未だ若い。プレスの記者をしていたが日本食の魅力にはまり、このお店を開いたそうだ。
一つ疑問が…
「フランス語で umai は、ウメと読むでしょ?
ウマイと読ませるなら、umai の i を ï と書くべきでは?」と訊ねたら、「umaï は既に商標登録済みだったので、umai にしたんです」とのこと。
Dommage ! 残念でした!
フランスでは日本食もポピュラーになってきて
いるので、彼の店も繁盛しているみたいだ。
日本語も頑張ってね!
Bon courage! (頑張って!)
SさんとParc floral de Pari パリ花公園へ
【2023年5月27日】
前回のフランス旅行で、娘と一緒にモネの庭を訪れる計画を立てていた時、Skypeを通じて友達になったパリ在住の青年Cさんが同行したいと言ってきた。彼とはその前の旅行で会っている。
彼は日本文学を読みこなし、日本語の弁論大会でも入賞するほど日本語が堪能である。たまに難解な言い回しの意味を訊かれたりする。
更に、彼の日本語の生徒さんの一人のSさんとその夫のSさんが同行したいと言っていると連絡が来た。
という訳で、Sさんご夫婦とはその時に知り合った。とても感じの良いご夫婦である。
Cさんは、1年前にカナダに引っ越してしまった。フランスでCさんに会えないのは寂しい。
と思っていたら、私が出発する前に友人と一緒に日本に遊びに来て、私を訪ねてくれた。
今回の旅行の話をCさんから聞いたSさんが、是非会いたいと言ってきた。
Sさんはヴァンセンヌの森の近くに住んでいるので、森の中にあるパリ花公園を案内してもらうことにした。
私達はメトロ11号線のJourdain駅から乗車、République駅で8番線に乗り換えてPorte Dorée駅で下車。Sさんと落ち合った。ご主人はお母さんや実家の様子を見に行って、会えなかった。
「先ずはランチ」と、馴染みのレストランに連れて行ってくれた。Sさんのお勧めは
フォアグラ添えのボリューミーな野菜のサラダだった。
絶品!!
サラダ+バゲット+fritesフリット(フライドポテト)…これだけでお腹いっぱい!
気楽な客には、こういう一皿料理も良いかな?
参考になりました。
この後、バスでパリ花公園へ。広大な森の中の広~~い花公園。35ヘクタールもあるんだって!
常設の盆栽パビリオンがあって驚かされた。
見事な盆栽の数々を見ることが出来る。盆栽はかなり前から人気で、盆栽のお店もある。
香川県高松市鬼無町は全国的にも盆栽の街として有名である。職人修行に来るフランス人もいると聞く。
2023年10月28日29日に3回目の盆栽カルチャーエキスポがここで開催されるようだ。
この講師の浜本祐介さんは、時々TVで見かける有名人だ。
因みに、盆栽はフランス語でBonsaï 。ボンザイと読む。Wasabiをワザビと読むように。
季節の花が見頃という情報を見て、日本の公園のようにお花が一面に咲いているかと想像していたら、全く様子が違った。
この公園は植物園でもあることから、樹々の中にお花が混じっている自然態な感じ。とは言え、綺麗なお花や珍しいお花を沢山見ることが出来た。
芝生で寝そべっている人が沢山いた。、私達も歩き疲れたので芝生の上で一休み。娘は直ぐに寝入ってしまった!
最後に皆んなでお茶をして、公園を後にする。
ヴァンセンヌ城にも行きたかったけれど、バスの中からの見学となった。
▲château de Vincennes ヴァンセンヌ城 (バスの中より)
近くには、動物園、熱帯水族館などの施設もあって楽しそうなエリアだ。
子供の頃から日本のお城や文化や歴史に興味を持ち、日本が大好きなSさん。夫婦揃って剣道を始めたと聞いた。
そして、彼女が「日本に行きます」と、”宣言”した!
大歓迎です!!
彼女は退職したばかり。ご主人の退職後、ノルマンディーに家を買って引っ越しする予定とか!
良いなぁ!!!
又、遊びに行かせて下さい!
その頃、私はとっくに80歳を超えている!
体力的にも金銭的にも大丈夫かな??
Sさん、楽しい1日を有難う!
V先生と悲運の大聖堂ノートルダムへ
【2023年5月28日】
日本が大好きで、長年香川県でフランス語の講師をしていたVさん。家庭の都合で4年前にフランスに戻った。
娘くらいの歳の元講師のV先生が、年寄りで出来の悪かった元生徒の私にリヨンからわざわざ会いに来てくれた。久し振りの再会に涙を流し、抱き合って喜んだ。
彼女は相変わらず明るくてパワフルだった。
アパルトモンで”殆ど”日本語で歓談の後、私の希望でノートルダム大聖堂の現況を見に、友人Aさんと共に同行してもらった。
肌がジリジリ焼けるほど暑い日だった。パリの中心地だし、連休だし、人の数が半端ない。
前の広場には見物用の桟敷が設けられ、大勢の人でごった返していた。
大聖堂の工事中の部分はネットで覆われ痛々しい。傍には巨大な重機が聳えていた。
5年前に来た時には、入場を待つ人の行列があまりに長くて、入場を諦めCさんと娘と記念写真を撮るに留めた。
その昔、この近くに3ヶ月ほど住んでいた時に、この美しい大聖堂の内観や外観を写真に収めておいてホントに良かった。あの頃は人も少なくて、並ぶなんてことはなかった。
元の姿が見られるのは、いつの日か?一日も早い復旧を祈っている。
Petit Pont プティポン(小さい橋)を渡った左岸には飲食店が沢山有るが、どこもここも超満員!ぐるぐる歩いて、Le Dante というブラッスリー(カジュアルなレストラン)に入った。
V先生のお勧めは?
何と、Sさんと同じSalade Périgourdine ペリゴール風サラダだった。^_^
▲Salade Périgourdine ペリゴール風サラダ
´鴨のフォアグラ、生ハム、鴨のコンフィなどと野菜の組み合わせ €16,9 ¥2,550 (1€=¥150計算として)
▲Salade Dante (この店のサラダ)
鮭、海老などの海の幸と果物、野菜の組み合わせ。
美味しかった上に、接客がとても愉快で楽しかった。
▲Café Les Deux Magots
この後、Saint-Germain-des-Présサンジェルマンデ プレの有名なカフェLes Deux Magotsでお茶をと考えていたが、Lyonへ帰るバスの時刻に間に合わなくなるからということで、
Saint-Germain-des-Présのメトロの駅で別れを惜しんだ。
そう、彼女はLyonから足を運んでくれたのだ。
Merci mille fois ! (千回分の感謝)
又、会えますように!!
パリ日本文化会館(Maison de la culture du Japon à Paris)
1997年に日本文化を紹介する目的で設立された。大小ホール、図書館、茶室などがあり、床面積延べ7500平方メートル、地下を含め全11階建ての建物。能などの伝統芸能のほか、現代演劇、舞踏公演、日本文化関連のシンポジウムが行われる。
▲wiquipediaより
5/1 友人Aさんと一緒にエッフェル塔に行った時に前を通ったら、Torasan 寅さんの大きなポスターが貼られていた。
友人Mさんから、「男はつらいよ」シリーズが上映されていることを聞いていた。
日本各地の映像を見られて参考になるし、何より面白いと言った。
映画の他にも色々な催しがあって、パリにいながら十分に日本の文化を堪能出来ている。
Mさんはここで日本語を学んでいる。
日本語は難しいと言うが、フランス語だって相当難しいですよ!!
残念ながら私の脳はどんどん衰えている。
知っている筈の単語が出てこないし、新しい言葉を覚えられない。
むべなるかな!肝心の母国語自体、かなり前から怪しくなっている。
もう少し若い頃に、真剣に取り組んでおけばよかったと悔いている。
そうすれば今回の旅も、もっと楽しいものになっていただろうに!
脳の中に、アミロイドβという脳のゴミが半分溜まっていると医者に言われた。
ゴミが脳いっぱいになったら、完全にボケるらしい!!!
Oh là là ! Mais, c’est la vie !
あら、まあ! でも、それが人生というもの!
でも、その日までガンバリマス!!